筆ペンの発明者は誰?

筆ペンは筆圧で想いを表現できる文房具ですね。さて、この素敵な文房具の発明者は誰でしょう。調べてみました。

発明者は文豪?

谷崎潤一郎著「陰翳礼讃」に次の一節があります。

仮りに万年筆と云うものを昔の日本人か支那人が考案したとしたならば、必ず穂先をペンにしないで毛筆にしたであろう。そしてインキもあゝ云う青い色でなく、墨汁に近い液体にして、それが軸から毛の方へ滲み出るように工夫したであろう。
(引用元:https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/56642_59575.html 初出1933年「経済往来」12月号)

 谷崎潤一郎氏(以下、文豪先生)の文章には筆ペンの基本構造が書かれています。文豪先生は実際に筆ペンを試作していないでしょう。しかし、これは文豪先生の発明です。発明は、技術的思想の創作であって、物の創作(試作や実施)を成立要件としないからです。当時、この着想を出願していれば筆ペンの基本特許になったでしょう。
私ならこんな請求項1にします。

【請求項1】
液体を収容する軸部と、
前記軸部に配置され、繊維を束ねた毛筆部と、
前記軸部から前記毛筆部へ前記液体を滲ませる液誘導路と
を備えた毛筆万年筆。

 この文豪先生の発明の画期的な点は、硯も墨も不要でいつでも毛筆が使え、かつ穂先に墨汁が自動供給される点です。まさに万年の筆、文字通りの万年筆です。
ただし、試作していれば気がつく問題点があります。

[問題1]液誘導路の不具合によりボタボタと液漏れが生じる。(毛管現象との兼ね合い)
[問題2]毛筆なら水洗いできるが、筆ペンは水洗いできず穂先の墨が固まる。(乾燥防止のキャップ)

 このすぐに思いつく問題を解決して下位請求項で書いておくことは重要です。なぜなら、この問題を解決しない限り、筆ペンは商品にならないからです。請求項1の必須要件ではありませんが、筆ペンの商品としては必須要件です。したがって、下位請求項でこの部分を特許にすれば筆ペンの実施を独占できるほどの強い特許になります。

発明者は万年筆会社?

 1972年にセーラー万年筆が【ふでペン】という商標で販売しています。筆ペンの実用化第一号はセーラー万年筆です。(出展:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%86%E3%83%9A%E3%83%B3)
液漏れや墨が固まるといった問題は当然に解決したでしょう。先に挙げた文豪先生の基本発明からは課題が思いつかないため、容易に想到できない工夫をしたことになります。したがって、文豪先生の公知文献があっても、進歩性あり(容易に想到できない発明)で特許をとれたでしょう。やはり実際に最初に作ったところは強いです。基本的な課題解決を特許で抑えることができます。

発明者は株式会社呉竹?

 さらにすごいのは呉竹精昇堂(現:株式会社呉竹)。こちらの筆ペン誕生秘話に詳しいです。

ペン先が軟らかいと太い線しか書けない。逆に硬いとサインペンと同じような細い線しか書けない。これを同じペン先が書けるようにしなければならなかった。また、インキをペン先までスムーズに流す工夫も必要だった。(中略)ナイロン製の芯の射出成形時にスパイラル状のねじりを加えると、これまでの課題が一気に解決することがわかった。つまり、筆圧をゆっくりかけるとナイロン芯のねじれた部分が開く。そこへインキが十分に供給されて太い文字を書くことができる。筆圧をかけない状態であればナイロン芯のねじった部分が絞り込まれるようにして閉じる。そうするとインキの供給は抑えられ、細い文字が書けるのだった。
(引用元:http://www.kuretake.co.jp/create/brush/story.html)

 万年筆(従来技術)は、筆圧によってペン先の切れ込みが広がりインク供給量が調整されます。それを筆ペンの筆先で行うことは物理的に困難です。筆先はペン先に比べて筆圧による拡幅変化が極端で(大小の字が書ける利点でもありますが)、その極端な拡幅変化をつかってインク供給量を適度に調整することは難しくなります。普通に筆圧をかけるだけで、筆先からインクが大量に滲み出すことになります。
 そもそも書道家は、穂先につける墨の量を微妙に調整します。太い字を書くときは、事前に穂先に墨をたっぷり含ませます。細い字を書くときは、穂先の墨を僅かにします。字のトメハネに合わせて更に微妙な調整が必要です。小学生でも半紙に名前を小さく書くときは少しの墨にしますね。筆ペンは、この微妙なインク供給量の調整を万年筆同様に筆圧だけでコントロールしなければなりません。
 頭だけで考えていた文豪先生が全く考えもしなかった、筆ペン史上最大の課題が現れたことになります。
 呉竹精昇堂は、毛筆と軸の中間にあったナイロン芯をスパイラル加工することで、筆圧による微妙な拡幅変化を実現し、この課題を解決しました。この発明があってこそ、筆圧で想いを表現できる筆ペン(商標:筆ぺん)が初めて完成したと言えるでしょう。
 実際の出願があったのか確認していませんが、私が請求項を書くならこんな感じでしょう。

【請求項1】
液体を収容する軸部と、
前記軸部に配置され、繊維を束ねた毛筆部と、
前記軸部から前記毛筆部へ前記液体を通過させる誘導路を備え、
前記誘導路は、筆圧により前記液体の通過径を変化させる弾性機構を含む
ことを特徴とする筆ぺん。

 スパイラルのねじりを加えたことが原点ですが、ここは弾性機構で広く強い特許にしましょう。もちろん、下位請求項にスパイラル形状の弾性機構を加えると共に、それ以外の弾性機構(弁膜など)についても発明者に考えていただきましょう。

こう考えると、筆ペンには、着想した人と、実現した人と、完成度を高めた人、という三者三様の発明者がいたことになります。

(冒頭写真の引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%86%E3%83%9A%E3%83%B3#/media/File:Fude_pen.jpg)